彼岸の入り

お彼岸が巡って来ました。

と自宅から、近くにある霊園に、亡き父母の墓参りに出掛ました。

お彼岸と言っても、吹く風が冷たい真冬ような日和でした。

しかし遠くに望む市内は、春霞です
平和①
その後、久しぶりに、広島市内へ…

妻は茶道,上田宗箇流の茶道具の展覧会にひろしま美術館へ

僕は又、久しぶりの広島城公園を散策して、時間を過ごしました。

広島城の配置図

広島城祉

広島城は1599年、毛利輝元によつて、築城され時代の変遷を受けて

焼失し、天守閣は昭和33年(1958年)に再建され、二の丸の御門橋も

平成6年(1994年)に復元された物です。

広島城天守閣正面

広島城天守閣東面

広島城

広島城は、別名 鯉城と言います。由来は、諸説ありますが

平安時代の頃の格式で延喜式・嘉字地名に寄り地名の[コイ]が魚の「鯉」に

なったのではないか、と言われています。

又、お城の敷地内に、明治天皇が1894年9月から1895年4月迄

行幸され、大本営が置かれていた建物の、礎石跡が残されています。

大本営石碑

大本営説明文

広島 大本営後
久し振りに、広島の土地の変遷を感じたひと時でした。

散策の途中、若い男性が各所のスナツプ写真を、写しておられました。

僕も、興味の虫が起き、声をかけさせて頂きました。

埼玉県座間市の、座間神社の神道を研究されている神職の方でした。

偶然お会いすることが出来、色々とお話させていただきました。

お蔭で今頃の若い人に対しての思いを改めました。

文化的気持ちになり、自宅へ帰宅途中 笑っちゃいました。
新己斐橋
なんだと思います?

最近の防災の観点から、上空から河川の識別の為、国土交通省がペイントしたそうです。

河川敷に、大きく<新己斐橋>と、書いてあります。

その後、広島市からダメ押しがあつたそうで、又、文字を消すことになった

とテレビで報道していた案件です。

防災・景観あなたならどちらを優先しますか?

これでドット疲れが出ました。









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コメント

  • 2012/03/24 (Sat) 22:08
    お彼岸

    お彼岸もすぎてこれからは桜が咲くのを待つばかり、ところが吉和はみぞれ交じりの雨です。まだまだ薪ストーブの厄介になっています。

  • 2012/03/26 (Mon) 08:37

    私もあの河川の橋名表示を見ましたが、センスの欠片もないやり方。防災と景観という以前の問題です。景観に配慮した防災という考えはないのでしょうかね。わかりやすいのは確かですけど(笑)。

    長男 #- | URL | 編集

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2012/04/26 (Thu) 23:26 | まとめwoネタ速suru